新居拓也のブログ。2016年夏、カナダのユーコン川を下ってきました。前職は地方紙記者。元川の学校スタッフ。


by n11t

【元川ガキ、ユーコンへ行く】レイクラバージュ(7月19日)

夢を見ながらも音で感づいていたが、外は風がありかすかに雨が降っていた。起床。

ベアバレルは歩幅計算できっちり100メートル離れた場所に置いていた。置いた食器はそのままだった。クマは来なかったようだ。

キャンプ地ではカヌーを空にし、ひっくり返して岸の木などに結びつけておくように教わっていた。強風で吹き飛ばされないようにするためだ。薪をカヌーの下に置いておけば、雨が降っても翌朝焚き火が起こせる。

荷物をパッキングし、積み直すのに1時間ほどかかった。午前8時15分、カヌーを押し出して湖に出た。


岸から10メートルほど離れて漕いだが、自分のスピードの遅さがわかって嫌になった。

「レイクラバージュは長いよ」「レイクラバージュには気をつけて」

ユーコン経験者は誰もがそう口を揃えたし、旅行記にもそう書かれていた。


水上の波はそれほどでもなかった。

カヌーピープルでは「転覆した際に危険なので、岸から100メートル以上は離れないこと」と口を酸っぱくして言われていたがこれくらいなら大丈夫なのではないかと思ってしまった。

ただ少しでもショートカットしたいと思って、時には300メートルほど離れて漕いだ。

f0093462_07030726.jpg

景色が一向に変わらない。実際は少しづつ変わっているのだが、あまりにも少しずつすぎて変わっている気がしないのだ。


どうすればシングルパドルが最大限の水を掴んでくれるか、どうすればカヌーがスピードを失わずに漕ぎ続けられるか、一漕ぎ一漕ぎ考えながら漕いだ。


結局、カヌーは止まった状態から動かし、軌道に乗せるまでが最も力を使うし、時間も消費する。

これは昔、吉野川独自の和船、かんどり舟の操船を教わった時に学んだことだ。かんどり舟は全て木でできており、また木に水を含ませることで材の間の密着性を持たせる。すなわちとても重く、スピードに乗せるまでが大変だし、軌道に乗ってからも余計なことをしてはならない。名人はこの船を櫂1つで操り、川を遡る。残念ながらこの舟はもう製造されていない。舟を作る釘がないのだと言う。


地図の地形と見える風景を照らし合わせてながら進んだが、どこのいるかがわからなかった。

左岸にある島からして、自分は湖の中盤にいるはずなのだが、該当する地形が右岸にはないのだ

f0093462_07035688.jpg

太陽は時折顔を出した。

僕は湖が最も狭くなり、両岸が岩場になっている場所に差し掛かっているようだった。思ったよりも進んでいる。


ブラックバス用のクランクベイトでトローリングして見たが当たりはなかった。

ここにはレイクトラウトという魚が生息して、彼らは深みにいるそうなのだが、それを知ったのは後のことだ。


後ろから2人乗りのカナディアンが追いついた。

オーストリア人の男女で、男性がウルフガング、女性がマリアン。


「僕は日本から来たんだ」

「そうか。僕には日本人の友達がいるよ。トラッカースクールで出会ったんだ」

「トラッカースクールの日本人……」


トラッカースクールとはアメリカ・ニュージャージー州にあるネイティブアメリカンの古来の教えを伝えるサバイバルスクールだと知っていた。なぜならば、僕の友人が過去に受講していたからだ。


「それって、優作?」

「そう、ユウサク!なんで知ってるの?」


優作は川の学校のスタッフとして出会った。当時僕は支局長という大層な肩書きをいただいて、僕しか支局員がいない地方支局に赴任していていた。彼はその支局に数週間居候していた。その時、トラッカースクールの話を聞いたり、本を借りたりしていたのだ。


「ユウサクは日本に帰ったらレンジャーのようなことをしたいと言っていたけどどうしてるの?」

「去年リバーガイドをやっていたけど、今はフリーのプログラマーをしているはずだよ」


優作は東大を卒業し、大企業でプログラミングをしていたのだが、違った生き方をしようと退職。その後、カナダに渡ってロシアの武術・システマの修行をしたり、アメリカでトラッカースクールに通ったりして帰国した。

車を買って四国や関西を転々とし、高知を気に入ってリバーガイドをしていたが、そのころできた彼女に吸い寄せられるように大阪へ移り、またプログラミングの仕事に戻った。そして気づけば結婚していた。

「よかったら今晩、一緒にパスタでも食べよう。大量に買ったから作ってあげるよ」とウルフとマリアンが言ってくれた。


カナディアンの2人乗りは1人乗りに比べて1.5倍はスピードが早い。

だけれど2人は双眼鏡で野生動物を探したり、おやつを食べたりしながらのんびり進んでいたので、体育会的に漕ぎ続ける僕とは抜きつ抜かれつだった。

午後7時、間食のラーメンを食べる。ここも地図に記されたGood Campだった。

f0093462_07045095.jpg

ガイドブックによればここもグッドキャンプ


再出発してすぐに、後ろから2人乗りのカヌーやカヤックが次々と僕を追い越すようになった。

「レースがあるんだ」とは出発直前にスコットから聞いていた。ユーコン・リバー・クエストといい、有名な犬ぞりレースユーコンクエストのそのカヤックカヌー版だ。僕の工程と同じく、ホワイトホース近辺からドーソンまで下るらしい。2015年の優勝者のタイムは44時間51分7秒。ちょっと待ってくれよ。それじゃあまるで10日かけて下った僕が苦労してないみたいじゃないか。


カヌーピープルでは2人のイギリス人がレースに向けて準備していた。細身の体で髭を生やしたいかにもアウトドアマン。名前は忘れてしまった。多分いろんな冒険をやっている人なんだろう。すごい人がいるもんだ。


午後9時になった。どんよりと暗いのは空を覆う雲だけでなく、日がほとんど沈んでしまったこともあるだろう。時折、細かな雨が降った。

この日照なら焦げるのは午後10時が限度だろうと思った。ただ湖の終盤だと思われるが、未だ現在地がどこかはわからない。水際もゴツゴツしていて傾斜が多く、キャンプ地を探すのが大変そうだった。ウルフとマリアンはかなり先を行っているようで、広い湖にもかかわらず、見えなくなっていた。「今晩一緒にパスタを」と約束してしまった以上、僕が現れなかったら心配するだろうか。でも今は日暮れが一番の心配だ。

追い越していくユーコンクエストのカヌーやカヤックだけが人の存在を教えてくれる証拠で少し僕を安心させてくれた。でもすでに十数艇が通り過ぎていた。もうすぐ僕は取り残されるかもしれない。レースの参加者が追い越しざま”3 bahind!”(後ろにはあと3艇!)と教えてくれた。ゴツゴツした湖畔でクマに怯えながら夜を過ごすべきか、ウルフたちがいるキャンプ地が現れるのを信じて進むべきか、決断を迫られた。

f0093462_07054790.jpg
遠くから次々と訪れ、あっという間に僕を抜き去るレースの参加者たち


ため息が増えていたその時、岬に手を振っている人の姿が見えた。

ウルフガングだ!

時刻は午後10時半だった。ほとんど14時間漕ぎっぱなしだった。

「あのさ、ユーコンクエストの人たちが来た時、2人とも速くなったよね」

「そうそう!負けてられないと思って!」とマリアンが笑う。


直後にホワイトホースで出会ったイギリス人の2人が来た。もう結構バテバテだ。なんだそれほど速くもないんじゃん。これは、人を見た目で判断してはならないということと、いやいや速ければすごいというわけではなく挑戦しているだけで彼らはすごいのだ、という教訓と反省だ。


到着して15分後、周囲はヘッドライトが必要なほど暗くなり、強風が吹く嵐になった。

やはり到着はかなりギリギリだったみたいだ。

ウルフは「このキャンプサイトでクマを見た人がいるらしいから火を焚いた方がいい」と言っていたが、強風で断念せざるをえなかった。


僕のコンロでパスタを茹で、ウルフたちが買ったソースをかけた。

パスタが一部焦げていることなんて、そもそも日本にいる時から気にならないのだけど、そんなことさらに気にならない。トマトが体に染み入るようだった。


「さあ、今日頑張ったから明日はリラックスする日だ」。

そう言いながらウルフは食料をテントの前、しかもどちらかといえば僕のに近い方においた。あれ、ウルフ、さっきまで「クマに警戒して焚き火を」なんて言ってたよね?

ちなみに彼らの食料入れは強固堅牢なベアバレルではなく、ホームセンターで売られているアクションパッカーという道具入れである。これも頑丈でとても便利ではあるのだけれど、クマにかかれば破壊は容易だ。

うーんと思っている間に、ウルフはテントに入って寝てしまった。もうどうにでもなれ。



[PR]
by n11t | 2016-11-06 07:00 | ユーコン川